対話に正解はありません

こんばんは、結城浩です。

昨日の火曜日に『数学ガールの秘密ノート/確率の冒険』初校ゲラの朱入れを終えて編集部に送ったので、今日はお休みとし、彼女と二人でお出かけ。森の中にある美術館に行ってきました。

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初校ゲラの朱入れも、昨今の情勢の影響を受けています。

いつもならば、初校ゲラ用紙に赤ボールペンを使って修正箇所を書き込んで朱入れを行います。できたところでその初校ゲラ用紙を編集部に持っていき編集者と読み合わせを行う手はずです。

しかしながら、ここしばらくはファイルのみのやりとりに切り換えています。つまり初校ゲラ用紙に赤ボールペンで書き込む代わりに、初校ゲラPDFに赤ペンツールで書き込むのです。編集者には、たくさんの書き込みがあるPDFと差し替える画像ファイルと加筆部分のLaTeXファイルをまとめて送ります。

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先日、朱入れをしているときに大学生の次男が「どんな修正をするのか」と尋ねてきたので、少し話をしていました。誤字脱字の修正、数学的な内容の修正、よりわかりやすくするための文章の修正、脱稿時に間に合わなかった加筆(これは本当はやっちゃ駄目)といった説明です。

修正内容の説明をしながら「ここの図はお父さんが作ったんだよ」や「数式をこういうふうに書くと読みやすいんだ」や「レビューアさんからはこんなまちがいを指摘してもらった」といった話もついでに息子に伝えました。

自分がどんな仕事をしているのかは、機会があれば子供に伝えるように心がけています。私からあまり声を掛けることはありませんが、子供が興味を示したタイミングではできるだけ話すようにしています。

そんなとき私はいつも父のことを思い出します。中学教師だった父が、私を仕事場(つまり中学校)に連れていってくれたときのことです。それは以前noteで詳しく書きました。

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さて、明日は木曜日。Web連載「数学ガールの秘密ノート」第305回を書く一日です。早いもので新しいシーズン「読むための対話」も第5回目となりました。折り返し地点ですね。

いつもそうなのですが、どんな回になるのか、どんな対話が広がるのかは当日にならないと私にもわかりません。大枠はこんな話になりそうだという想定はあるのですが、たいていはそこから離れてしまうのです。幸いながら「いつも想定から離れてしまう」というメタ想定内には収まっていますけれど。

どんな対話になるのか、わからない。

話してみなければ、わからない。

どんな文章になるのか、わからない。

書いてみなければ、わからない。

それは考えてみると大変こわいことだといえます。金曜日に配信する内容を木曜日に書くけれど、書いてみなければわからないというのですから。でも実際にはそれほどこわくはありません。むしろ楽しみです。

それは、デートに行っておしゃべりするのにも似ています。どんな対話になるのか、わからない。話してみなければ、わからない。でも、まさにそれだからこそ楽しみだといえるでしょう。

そしてそこには、正解はありません。どんな対話になろうとも、それは間違いではないのです。語られている言葉にしっかりと耳をすますならば。そして語られていない言葉をしっかりと見抜くことができるならば。

そういえば、ここまで書いた話は、今週配信の結城メルマガVol.446に書いた「律」という概念にも通じる話ともいえそうです。

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今日の私は、そんなことを考えています。

今日のあなたは、どんなことを考えていますか。

お時間がありましたら、お返事いただければ感謝です。私のメールに関係があってもなくても、どんなことでもていねいに読ませていただきます。

それでは、また。